不届き者の思考回路 

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高柳 悠     

蹴り疲れた六太は尚隆の夜着の裾を握ったまま寝入ってしまい、しばらく六太の寝顔を見ていた尚隆も穏やかに眠りについた。

異変に気が付いたのは、六太だった。

自然と暖かい方に転がって、たどり着いた尚隆の脇で飛び起きる。

熱かった。

普段なら六太の方が高い体温を持っているのに、その六太が暖かいならともかく熱いと感じるのは異常だ。

飛び起きて薄闇の中、尚隆の顔をのぞき込む。

吐く息は熱く、わずかに頬が上気している。

そぉっと差し出した指先に触れた額の熱さに、驚いてすぐに手を引いてしまった。

「尚隆っ」

小さく、鋭く呼んでみる。

六太の声に、うっすらと開いた瞳にはいつもの力は無いように感じた。

「熱、あるのか?」

六太の声が震える。

今まで、こんなふうな尚隆を見たことが六太にはなかった。

王はめったなことでは病に臥せったりしないし、怪我も治りが早い。

雁が安定していない頃は、乱を静めるために赴いた尚隆も良く怪我をして寝こむこともあったが、たいてい血の気配が強すぎて六太は近寄ることが出来なかった。

「・・・・・朱衡、呼んでくる」

とにかく誰かよばなければと、牀榻の外へと駆け出す。

それと止めたのは、尚隆だ。

泣きそうな顔で振り返った六太は、呼ばれて側まで急いで戻る。

「夜には熱が出るかもしれないと、典医が薬を置いていっているはずだ。その辺に置いてないか?」

目線で、牀榻の外をさす。

牀榻の脇に置いてある飾り机の上に、白い薬袋と水差しが置いてある。

「これ?」

抱えて持ってきた水差しをこぼさないように脇に置いて、薬袋を丁寧に開いた。

袋の中には、油紙に包まれた粉状の薬が数個入っている。

「・・・・・・いくつ・・・かな?尚隆、大きいから2つくらい飲まないと駄目かな?」

こんな場面、本当に分からなくて六太は戸惑うばかりだ。

「とりあえず、飲めばいいんじゃないか?」

尚隆は、病ではなく怪我からきた発熱なので、それほど心配していない。

なので六太に言わなかったのだが、泣きそうな顔をされては後悔するしかい。

「尚隆、起きれる?」

粉薬なので水を飲まなければならず、病人用の水のみが見当たらなかったために飲む手段としては起きてもらうしかない。

湯のみをかたむけても、零れてしまうだけだろう。

問われて、尚隆は答えた。

「起きれない」

実際、腰を痛めている尚隆は、誰かの助けを借りていったん起きてしまえば座っていられるが、自力では起きれない。

寝返りも自力では出来ない・・・・・もっとも骨折した足を軽く吊っているので寝返りはもともと打てないが。

六太の細腕で尚隆を起こすことが出来るわけもなく、薬と水差しをもったまま六太は困ってしまった。

人を呼んできたほうがいいのか、心底迷っている。

困惑した瞳が主人の命令をまっている子犬のようで可愛い、と思ってしまう尚隆の思考ははっきりいってイカれている。

「口移しで飲ませてほしいなぁ・・・・・」

と、気弱気味にこぼしてみたのはちょっとした悪戯心だったのだが、真っ赤に染まった六太を見てしまったら冗談ではすませられなくなってしまった。

真に受けるのは麒麟の性質がなせるわざか?それとも六太が単純だからか?

壊れた機械のようにギクシャクと間近まで膝で擦り寄ってきて、震える手で薬を包んでいる油紙を開く。

さらさらの粒子はわずかな震えにも舞ってしまいそうで、六太は余計に緊張してしまう。

背をたたいて落ち着かせてくれる手に励まされて、そぉっと口元まで運んで、そぉっと粒子を落とした。

油紙の上に何も無くなったのを確認してから、急いで水差しからガラスの湯呑に入れておいた水を自らの口に含んだ。

発熱している尚隆よりも緊張で赤く染まった六太の方が、今にも卒倒しそうで、見上げる尚隆の方が心配気だ。

含んだ水のせいでちょっと膨れた頬と、あまりにも真剣な眼差しにそれでも神妙に六太を見守っている。

が、実際は薬の粒子が唾液で解けて気持ち悪いので早くしてほしいなぁ、とか思っていたりした。

尚隆の顔の両脇に手をついて、六太の顔が降りてくる。

後少しで、お互いの口唇が触れる。

その暖かさを感じた瞬間、緊張に耐え切れなかった六太の喉がごくりと鳴った。

「あっ」

っと、言ったのは六太。

尚隆は、どろどろに解けた薬に苦さに言葉も出なかった。

 

 

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