透明な空色

(1)

高柳悠

玄英宮は山全体が玄英宮だから、建物の外はすぐに切り立った崖なんて場所がたくさんある。

今、六太がいるのは崖にせり出したように作られた広い露台で、欄干から下をみると切り立った岩肌と漂う雲、そのさらに下に雲海が垣間見える、そんな場所だった。

遮る物がないので、風も強い。

露台に立っているだけで、大の大人でも強い風に煽られると体がふらつく時があるくらいだ。

その場所で、六太は崖の方を向いて欄干に座っていた。

欄干の支柱に片手をまわして、六太はそれだけを支えに空と対峙している。

体重の軽い六太では、微風でも揺れ落ちてしまうようで見ている者の方が落ち着かない。

だから六太の後姿を見咎めた惟端が慌てて飛んできたのも、そんな理由だ。

「危ないと何度言ったら分かるんだっ!」

腕を腰に回して、六太の体を欄干から引きずり降ろす。

そのまま小脇に抱えて、廊下をずんずん歩いていく。

歩きながら小言を途切れることなく列挙していく。こういう時の惟端は、朱衡に負けず劣らない言語能力を発揮する。

集約すれば「落ちたらどうするんだ」ということなので

「転変するから、へーき」

と答えたら3倍返しで怒られた。

転変すれば落ちることなんてないのは本当のことなので、そんなに心配する必要ないのに、と六太は本気で思う。

でも官達は、心配する。

怪我をしたら、血を流したら、具合を悪くしたら・・・・・・・。

官達は、心配しすぎるくらいに心配する。

六太が麒麟だから。

麒麟ではない自分だったら、どうだったのだろう?

考えても仕方がない思考に嵌ってしまうと、六太はああやって空を見に行く。

何もない透明な世界に、何も持たない自分を知りに行く。

首をひねって振り返っても、透明な空は視界には既に入ってこなかった。

壁に囲まれた現実に、ふと息を吐き出して惟端の腕を叩く。

「・・・・分かったから降ろして」

足を止めて六太の見て、少し考えてから惟端は六太を降ろしてくれた。

でも、腕を離してくれない。

「惟端?」

不思議そうに見上げると、惟端の困ったような顔がある。

しばらく迷ったように目を泳がせてから

「女官が知らせてくれた」

と脈絡のないことを言い出した。

いぶかしげに首を傾げる六太の目をつめる。

「台輔がまた崖の近くにいる、とな。何か落ち込むと崖の近くにいくのはよせ。俺達の心臓に悪い」

「だから、落ちたりしないってば」

ぷいっと視線を外して六太は言い返す。でも視線を外した分だけ言葉に勢いが無い。

「分かってても心配するんだ。何かあったらと思うこっちの気持ちも分かれ、と言っている」

「心配しなくても、いいってばっ!」

ちょうどぐるぐる回っていたことだったから、強い口調になってしまった。

言ってしまって、慌てて惟端を仰ぎ見る。

「・・・・・心配しない訳がないだろう」

掠れるような低い声だった。惟端のいつもの大きな声ではなく、六太にしか聞こえないような声。

でも、真剣な声音は六太の心に届く。

「・・・・・・・・・麒麟だから・・・・・」

真剣さにつられて思わず問うてしまったことに、六太は即座に後悔する。

答えを聞きたくないというように、腕の開放を望んで引かれるのを逆に押さえ込んで惟端は六太を軽がると抱き上げた。

「麒麟だったら、心配しない」

「え?」

「麒麟は転変出来るから、落ちても大丈夫だろう」

咄嗟に首に手を回して体勢を整えた六太は、惟端を見やる。

「だが、うちの台輔はドジでおっちょこちょいだから、慌てて転変出来なかったり、その前に崖に激突したりしそうだからなぁ」

「なっ、何だよ、それ!」

「・・・・・・・貴方が貴方だから、心配するんだ」

「・・・・・・・」

「だから!今後あんな風に無防備に崖に近寄らないこと!」

分かったか!と目で訴えられる。

小さく頷いた六太は、結局惟端にそのまま抱えられて自室まで戻った。

 

 

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別に惟端×六太な訳ではありません〜(汗)