大人と子供

高柳 悠

情けないことに風邪をこじらせて密はベットの中に沈んでいた。

幸いなことにというか、何時ものことというか、担当の第二ブロックは相変わらず暇で、飛び込みの他ブロックへのお手伝いも特になく

「ゆっくり養生しなさい」

というありがたいお言葉を貰って、大人しく寝込んでいる。

・・・・・正確には、寝込んでいた。

昼過ぎにやってきた都筑が、昼は食べたのか、喉はいたくないか、熱は無いか、どこか痛いところはないか、辛くはないか・・・・・・・五月蝿い!

一番疲れたのは、やって来た直後で、全くも迷惑なことに

「ご飯作るね」

などとのたまって、台所に立ったもんだから、死ぬ気で止めた。

出ない声を必死に出して、痛む喉を酷使して、やめろと訴えた。

熱と咳とで消耗している体力を振り絞って、台所まで行ったのに

「巽が用意してくれたもんだけど・・・・・」

とのことで、一気に脱力した。

ありがとう、巽さん。

あっさりとしたお粥は、ちゃんと最後まで頂かせていただきました。

出来るなら、こいつを引き止めておいて欲しかったです・・・・。

ベットに寄りかかるように状態を乗せて、寝ている密の顔をじっと見つめてくるので、口は何とか閉じさせてたが、結局落ち着くことが出来ない。

視線と一緒にたくさんの感情を乗せてくるから、もしかしたら口よりも饒舌かもしれない。

時折咳き込むと、甲斐甲斐しく背を撫でてくれたりするのは、頼もしいけど。

でも、何だかやっぱり子供扱いのような気がして、情けない。

こんな風に寝込むことも多いし、体力はないし。

だんだん本当に情けなくなってきた。

ため息をつくと、都筑が余計に心配するので、無闇にため息も出来ない。

そんな時に鳴ったチャイムにブツブツ言いながら立ち上がった都筑の声で、密は訪問者が誰だかを知った。

「巽さん」

やがて現れた巽の姿に、密は起き上がろうとして止められた。

掠れた声に、無理に声を出さなくていいですよ、と微笑まれてしまった。

お言葉に甘えて横になる。

ふと見ると、部屋の入り口で都筑が不満そうに膨れている。

何なんだ・・・。

「都筑さん、お茶くらい入れて欲しいんですけどねぇ」

見ている先に気がついたのか、巽が振り返って都筑を見る。

「何で俺が巽にお茶入れなくちゃなんない訳?」

「おや、じゃ、私が台所に立ってお茶を入れてもいいんですか?」

「駄目!」

都筑はくるりと背を向けると、台所に行ってしまった。

巽はくすくすと笑って、密に視線を戻す。

「台所というものは、あまり他人様に見せるところではないですからね。そこに出入りできるということは、それだけ親しいということです」

だから、都筑があいいう反応をしたと言う。

密がそれでも首をかしげていると

「貴方の一番親しいという地位を誇示したいんですよ。まったく子供なんだから」

巽は都筑を子供扱いして、笑う。

密は、やっとため息をつけた。

「どうしたんですが?ため息なんてついて」

「・・・・巽さんは・・都筑を子供扱いするけど・・・・都筑は俺を・・・子ども扱いだから・・・・」

途中で何度も咳き込んで、ようやく全部言い終わると喉がヒューと嫌な音を出した。

「ああ、ほら、しゃべらないで」

都筑がサイドテーブルに用意しておいた蓋の付いたストローつきのカップを密の口元に運んでくれる。

少し吸い込むだけで、喉が湿って大分落ち着ける。

「・・・・子供扱いが不満ですか?」

密の様子が落ち着いたのか見て、巽がさっきの話題に話を戻す。

視線を向けた密に、にっこり笑って巽は言葉を続けた。

「まぁ、不満なんでしょうけど・・・・ちょっとだけ都筑さんに付き合ってください。貴方が子供ではないことなんて、都筑さんも重々承知のことですから」

疑問な視線を向けると、困ったように巽は笑う。

「何といいますか・・・・子供でいて欲しいんですよ。子供だったら頼ってもらえるでしょう。側にいてもいいでしょう。貴方が自分なんて要らない、と何処かに行ってしまうのではないかと都筑さんは不安なんですよ」

目を見張る密の視線を受けて、巽の笑みは深くなる。

「一時期、私も都筑さんに同じような感じでしたから・・・・・・。あ、貴方に対してもですねぇ。そんなに急いで大人になる必要はありません。ゆっくり成長してくださいね」

大きな手で汗ばんだ額に張り付いた髪をかきあげてくれる。

心配してもらうのが、ちょっと嬉しい。

うっとりと目をつぶってしまう。

そんな、ゆったりとした気分になったときに、やっぱりぶち壊すのは、こいつだ。

「あああああーーーっ、巽、何触ってんだ!!」

サイドテーブルに、お盆ごとダンッと湯飲みを叩きつけて、巽の手を密から遠ざける。

怒鳴った声と、叩きつけられたお盆と、遠のいてしまった優しい手。

どれもが頭痛を誘発するのには事欠かないネタだったが、先ほど巽の手が置かれていた額に、また暖かい手が下りてきて、密が頭痛に悩まされることは無かった。

巽が撫でた箇所をぬりつぶすように、それでも丁寧に重ねられる手は、一番密を温めてくれた。

「密に触っていいいのは、俺だけ」

 

・・・・・・・子供扱いも、許してやろう。

 

 

END