貴方のそばにいるだけで
高柳 悠
夜中に、目を覚ました。 とても疲れていて、ぐっすりと寝ていたはずなのに、ぽっかりと目が開いてしまったのだ。 低血圧で目が覚めてもすぐには動き出せない体質なのに、こういう風に目覚めた時は嫌に全てのものがはっきりと感じる。 瞬きもしないで見渡す部屋は、遮光カーテンに阻まれて月明かりも届かない。 暗く沈んで、闇の中に取り残されたようだった。
小さい頃、よくこうやって目を覚ました。 黒崎の大きくて古い家は、ひどく怖くて恐ろしかった。 昼間でもどこか重い空気を纏っているのに、夜の闇はいっそう恐怖を増大させる。 闇の隅に何かがいる気配がする。 じっと見ている視線を感じる。 畳の上を何かが渡っている足音が聞こえる。 密の「力」が、それがただの勘違いではないと教えてくる。 密は十分幼かったが、その時すでに怖くて泣いても誰も抱きしめてくれないのは分かっていたので、泣き声をかみ殺して布団の中で身を潜めて朝を待った。
ここは黒崎の家ではなくて、自分はすでに幼い子供ではなくて。 ついでに言ってしまえば、幼い頃怖かった「闇に蠢くもの」の方に属してしまった。 死んでしまったのだから、そいういうことだろう。 安眠をふとした瞬間にやぶられた子供達に怖がられているかと思うと、ちょっと嫌だけど。 冴えている思考でそんなことを考えながら、密はゆっくりと部屋の隅を見た。 ただ暗闇があるだけで、恐ろしいとは感じない。 それでもこうやって目が覚めたとき、そこを確認してしまうのは幼いころのトラウマなのだろうか? 何も無いと分かっているのに、探るように見てしまう。 じっと凝視していたら、背後から伸びてきた手に目を覆われた。 寒々しい闇が遮られて、暖かい闇が視界を包む。 「・・・・寝なさい」 眠そうな、都筑の声。 後ろから引き寄せられて、首筋に都筑の吐息を感じる。 それは次第に回数が減って、深く長くなる。 「都筑・・・・・寝た?」 小声で問いかけると 「・・・・・ん・・・」 と、寝言のような返事が返った。 いや、たぶん寝言だ。 「ありがと」 だから、素直に言葉に出来た。 寝汚い奴なのに、目を覚ましたことに。 密はもう一度、闇に目を向けた。 だたの暗闇に。 そして、暖かい存在に守られて目を閉じた。
貴方がそばにいるだけで、怖いものなんか何もなくなる。
END
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