新婚さんごっこ
高柳 悠
一人で残業をしていた都筑が、へろへろになって帰ってきた。 帰ってきたといっても、ここは密の家であって都筑の家はちゃんと別にある。 なのに 「ただいまぁ〜・・・・」 と言って入ってくる都筑と、それに 「おかえり」 と言って出迎える密は、すでに慣れきっている。 疲れたぁ、と呟きながらだらしなく引っ掛けてあるだけのネクタイを、乱暴に抜き去る。 「風呂先に入れば?さっぱりすれば疲れ取れるぞ」 振向きもしないで、密が都筑に声をかける。 さっきから密は台所で夕食の準備をしている。もちろん都筑と2人分だ。 すでに2人分作る事に、違和感はない。 「うー・・・ん。どうしようかなぁ。おなかも減ってるんだよねぇ」 寝室のタンスから自分の甚平を取り出して、着替えた都筑は冷蔵庫からビールを取り出して、グー−−ッと飲み干した。 「かーーっ、美味い!!」 都筑は親父くさく飲み干して、喉に染みわたるビールの味を堪能している。 「でも汗かいたんだろ?メシ、もうちょっとかかるし・・・・」 どうする?と覗うように視線だけ振向かせた密に、そうだねと素直にお風呂を先にするとことにした。 都筑は料理に手出し禁止命令が出ているので、ここにいてもやる事がないのだ。 風呂に行くとこを決めた都筑が台所を出て行くところを見送って、夕飯の支度を再開した密は、何を思ったか戻ってきた都筑には気が付かなかった。 背後に立たれて、ぎゅっと抱きしめられて拘束された初めて気が付く。 「なっ、何すんだよっ!?」 頭一つは軽く上をいく都筑に抱きしめられると、密はすっぽりと懐に収まってしまう。 頭を思いっきり後に向けて見上げると、見下ろしている都筑を視線が合う。 この状態で視線が合うという身長差には、毎回腹立たしい思いをしている。 「何って・・・」 瞳が笑う。 「密を先に食べたいなぁ」 密の白い額にちゅっ、とキス。 都筑の額にざくっ、と包丁の切っ先。 「だーーーーっーーー、なっ・・痛いじゃないかーーーっ」 もんどりうった都筑が額を押さえて、しゃがみこむ。 「あ、ごめん」 反射的に持っていた包丁を振り上げてしまった密は、落ち着いて謝罪した。 「まったくもー、死んじゃったらどうするんだよぉ」 すでに血の流れは収まって、傷口も塞がり始めているが一応文句は言ってみる。 「お前がくだらないこと言うからいけないんだろーに」 「えーーー、くだらなくないよぉ」 「・・・・・・・・・」 「ご飯にする?お風呂にする?ときたら、やっぱりお前を食べたいな、は当然の流れじゃないかぁ」 「・・・・・・・・・」 密の視線と、右手の包丁がキラリと光る。 「・・・・・お風呂入ってきまぁーす」 今度こそ、風呂場に直行した事を確認して、密は夕食の支度に戻った。
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