伝えてあげない
高柳 悠
「密は、俺のこと好き?」 仕事が終わった後、図書館で本を物色しているうちに、はまってそのまま閲覧室で読みふけっていた密の前で、かわいらしく小首をかしげるように、都筑が質問を投げかけた。 残業に追われてアタフタしていた都筑をほっぽって、ささっと図書館にやってきていた密は都筑が来ていた事に気が付かなくて、驚いた。 が、質問の内容には驚かない。 都筑は密によくこの手の質問を投げかける。 俺のこと、好き? 俺のこと、愛してる? 俺と一緒にいて楽しい? 俺とずーっと一緒にいてくれる? 何が都筑を不安にさせるのかは分からないけど、ふいに思い立ったように突然質問してくる。 時と場所を選ばずに。 「ねぇ、好き?」 再度の質問に、密は眉をひそめる。 「・・・・・・お前、仕事は?」 質問には答えないで、こっちから逆に質問をする。視線も都筑から読みかけの書物へと移した。 都筑がむっとしたのが、気配でわかる。 「仕事、終わったのか?」 「・・・・・質問してるのは、俺だよ」 都筑に声が妙にもごもごしているのは、きっと仕事をほっぽって来たから。 「し・ご・と!」 「・・・・・・・・・・・・終わってない」 バツの悪そうな、顔。 視線が泳いで、くるくるしている。 密はふきだしそうになるのをこらえて、素知らぬ声で言う。 「何時まで、待ってればいい?」 本当はそんなつもりで、ここに居たわけではないけれど。 「もうちょっとで終わるなら、待ってるけど?」 質問の答えをはぐらかす為の、口実。 「え?!ほんと!」 ぱっと輝いた顔が、さっと時計を振り仰ぐ。 「一時間!」 と、右手人差し指を突き出して、すぐに引っ込めた。 「三十分!!」 三本立てた指を密の顔面に突き立ててから、駆け足で図書館を出て行く。 出て行く間際に「約束だよ!」と大声を出して、倶生神に怒鳴られると言うおまけ付。
都筑が去って静けさが増した図書館で密は考える。 仕方が無いから、ちょっと仕事を手伝ってやろう。 どう考えたって、あいつの仕事が三十分で終わる分けない。さっき倶生神に怒鳴られたみたいに、巽さんにの怒鳴り声を背に今ごろ後片付けをしているのだろう。 密は本を書棚に戻すために立ち上がった。 これは今日借りていっても、きっと読めない。 「・・・・・・俺のこと、好き?」 都筑の質問。 何度目かなんて、数えきれない質問。 「大好きだよー・・・・・・・・」 一冊分の隙間に、本を仕舞う。 「・・・・・・・なーんて、言ってやらねーよ」
ささやきは、都筑のもとへ当分届きそうも無い。
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