いつもの帰り道 |
高柳 悠
定時には仕事を終えて、肩を並べて家路につく。 密には一緒に帰ろうという気は更々無いのかもしれないけれど、都筑にとっては大切で貴重な時間だ。 自宅に向かって早くも遅くもないペースで歩く密の横を、彼の歩調に合わせて都筑は歩く。真っすぐ前を向いて歩く彼を見つめながら、歩く。 頑なに前を見ている密を、微笑ましく思う。 気にしていないようで、全身で気にしているのが良く分かるから。 「密」 呼びかけを無視して進んでいく密を、都筑も気にしない。 「ひーそかっ、密、ひっそか、密ったら、密ぁ〜」 変に調子を付けて。つらつらと連呼する。名前を呼ぶたびに、大きくなる極力抑えられた反応を楽しむ。 きっと都筑にしか分からない心の微かな動き。密は過剰に否定するだろうけど、それだけ二人は近くに生きている。 「ひーそーかー」 「だぁーーーーっ、もう、何だよ!さっさと話せよっ」 痺れを切らした密に、都筑はペロリと舌をみせる。 「呼んでみただけーーーーっ」 間髪いれず持っていた分厚い洋書で手加減なしにハッ倒されて、都筑はその場にノックアウトされた。 「いたい〜・・・・・・」 うずくまっている都筑を残して、怒りをあらわに密はさっさと家路に向かって突き進む。 もう少し先の四つ角で、都筑と密の帰路は別れる。都筑は右、密は左。 早歩きの密を追って、都筑は走った。 もうちょっとで追いつくというところで、密の体が左の路地に消える。 四つ角の真中に佇んで、都筑は密の後ろ姿を見送った。 「密っ!!」 構わず、ずんずん進む小柄な体が、どんどん小さくなる。 「愛してるよ〜」 そこいらに響きわたる大声を都筑が張り上げて、内容が内容なだけに勢い良く振り向いた密に都筑は手を振る。 「じゃーねー、また明日ねー」 ぶんぶん振り回してから、くるりと自分の家の方に向かって身を翻す。 残されて立ち尽くす密は、その背中に向かって叫んだ。 「ばっかやろーーーーーーーーーっ」 こちらに背を向けたまま、都筑が手を振る。そして角を曲がって見えなくなった。 「馬鹿っ」 見えなくなった都筑の姿を振り切るように、家路に向き直る。 小さくつぶやいた声は乱雑で辛辣だったけど、赤い顔は夕闇に染まりつつあるこの時間にもあきらかだ。 ほてった頬を引き締めるように、パシパシっと叩いて、密はっピッっと前を向く。 あったかい気持ちを抱きしめたまま、再び歩き始めた。
END
「心の音」発行時のペーパー小説より
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