眉間のしわ
高柳 悠
「行ってくる」 と挨拶をして 「いってらっしゃい」 と送られて、予定通り出奔した尚隆は予定外に早く戻ってきた。 予定通りに帰ってこないことは多々あったとしても、早く戻ってくることは皆無に等しいので連絡を受けた側近達は驚いて、王の下に駆けつける。 それを煩がって遠ざけてしまうと、一人自室に篭ってしまった。 どうすることも出来ず王の自室前で立ち尽くす朱衡たちの前に、六太がやってきた。 そこで側近そろい組みの顔をみて怪訝そうに眉根を寄せる。 「どしたの?」 尚隆が戻ってきたと聞いてやってきたのに、側近中の側近の前で扉は閉ざされている。 「それが・・・・」 と朱衡が言葉を濁しながらも取り付く暇もなかったことを話す。 ふーんと閉ざされた扉をみやった六太は、遠慮なくそれを開け放った。 「台輔」 心配げな呼びかけに笑って手を振って、六太は開けた扉を閉じた。
尚隆は中庭に面した部屋にいた。 座卓に座り、肘掛に肘をつき、外を眺めるようで眺めていない。 視界をさえぎるように座った六太を分かっているのだろうに、無視してむっつりと黙り込んでいた。 「尚隆」 柔らかく呼びかけてみたが、返答はやはり無く、ただ眉間にきつく刻まれたしわが余計に深くなったようだった。 尚隆はふらふらと市井に出て遊びほうけているが、遊びの中で聞こえてくる声というものに酷く重要で重大なものが含まれていることを知っている。 その情報のおかげで何度か危機を脱したこともあり、たぶんその手の話を聞き及んできたのだろう。 普段は情報を掴んでも必要な時以外知らすことはなく、こんな風になることはないのでよほど気に障ることだったのだろうか? 国家の危機ならさすがに朱衡達と相談するだろう。 情報と言うより批判だったのか? 批判されても落ち込むような軟な神経だとは思えないけど・・・・。 だが、実際に目の前でくっきりした眉間のしわと険しい表情をされていると六太としては取り除いてあげたい。 でも、きっと、尚隆は余計なことと一笑して、六太には何があったのか打ち明けてはくれないだろう。 なので、六太はしたいことをすることにする。 目の前で無視を決め込んでいる仏頂面の男にずっと近づいて、そのくっきりはっきりした眉間のしわにキスをした。
ちゅっ。
終わると何事もなかったように立ち上がり、さっさと部屋を後にした。 まだ扉の前にいた朱衡達には、ほっとけばいいよ、と声をかける。
残された尚隆は驚きで固まっていた。 びっくりしすぎで眉間のしわは綺麗になくなり、触れられたそこはほんのり暖かい。 指先でたどっても何も無かったが、確かにそこに何かがあった。 それを捕まえるために尚隆は立ち上がり閉じた扉を開けるのだ。
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