彼女の存在
高柳 悠
悩み苦しんでいた戴国の小さな麒麟を助けるために、景麒に頼まれた延国国王尚隆と六太は、晴れやかに笑う泰麒につられて思わずにこやかな顔になる。 それほど、小さな泰麒は可愛らしい存在だった。 その夜、ささやかながら開かれた宴の席で、賓客としてもてなしを受けながら尚隆はめったに見られない光景を堪能していた。 他国への干渉はしない、が基本のこの十二の国の成り立ちの中で、三国の麒麟が一同に仲良く会するという眺めはなかなかに良いものだった。 六太は普段あんまり見下ろすということがないので、泰麒の存在はことのほか嬉しいらしく何くれと構ってやっている。 景麒は無愛想な表情ながらも泰麒のことを見る眼差しは、優しいものだった。 泰麒は悩みもなくなり心の重荷が晴れたせいか、時折声を立てて笑う。そして、尚隆の隣に腰を降ろしその姿を静かに暖かに見守っている驍宗と視線を合わせると、本当に嬉しそうににっこりと笑うのだ。 尚隆でさえ、感心するほどの可愛さだ。 同じ神獣なのに、こうも違うものか。 いっそ感心する。 (うちのも、こんだけ可愛いとなぁ・・・・・・・) などと、ほんのちょっと思ったりもする。 ほんの、ちょっと。 実際、もっと羨ましいかと思ったのだが、何故か側でお兄さんぶっている六太の方が微笑ましかったりするから、自分も結構やられていると思う。 そんな風に泰王と二人で麒麟同士の仲良しこよしを眺めていて、ふと気が付いたことがある。 泰麒がわりと頻繁に目の前の床に手を当てるのだ。 最初は何だか分からなかったが、やがて使令の存在を感じ取った。 国に下れば、女怪も使令に下る。そして、人前にその姿を晒すことは出来ない。本来なら気配を感じさせることもいけないことだろう。 まぁ、心細いのだろうと思った。 六太が泰麒はまだ雛だと言っていたことを思い出す。長い間あちらで暮らしていたことで「母」という存在を知っている身としては、幼子にとってはその存在は大きいのだろう。 麒麟という生き物も生き難いものだ・・・・・と物思いに耽っていたのは僅かな時間だった。 「景麒」 尚隆に呼ばれた景麒は、泰麒に少し微笑みかけると座を立って尚隆のそばへやって来た。 「ちょっと聞くが、お前の女怪はお前の身の回りの世話はするか?」 「は?」 「だから、ほら、泰麒の女怪が泰麒を心配しているだろう。ああいうことはあるか、ということだ」 「ああ、泰麒はまだお小さいですからね。成獣すれば、なくなります。他の使令とほとんど変わりありませんが、それでも女怪は特別ですから、多少は他の使令より過保護です」 「・・・・そ・・・そうか」 「ご理解いただきたく存じます」 まだ雛なんだから、と景麒は尚隆に視線で脅す。お願いではなくて。 「別に、気にしないがな」 ありがとうございます、と慇懃にお礼を述べて景麒は泰麒の側へ戻っていく。 尚隆はうーんと唸った。 別に使令や女怪が出てきても驚きはしないし、無礼とも感じない。 そりゃ、敵意があれば別だが。 尚隆が困惑しているのは、もっと別のことだ。 成獣したら、人前に姿を現さない女怪。 じゃぁ、沃飛は? さすがに官達の前では姿を見せないが、周りに人がいないと尚隆は沃飛の姿を結構見かける。 寝起きの髪を整えてやったり。 裏山で昼寝をしているのを見かけたりすると、膝枕で寝かしつけたりもしてたりする。 一瞬の早業で他人に見つからないように、乱れた衣服をちょいちょい直したりもしている。 成獣なのに、彼女に世話を焼かれている六太は・・・・・・・。 もしかして、雛以下なのだろうか?
END |