ダメダメ
高柳 悠
延国の官吏といえば「有能」が通説である。 実際王と台輔がいなくても、とりたてて問題が起こらないので確かに有能なのだろう。 だが、当の本人達は実はそんなに有能だとは思っていない。 時には駄目だ、と思いつつ、負けてしまうのである。
朱衡は昨日朝議をサボった六太にきつーーーっく言い渡した。 「明日は必ず出席するようにっ」 と。 が、今日の朝議にも詰まらなそうな尚隆の姿しかない。 静かに、額に青筋を立てて怒っている朱衡は六太捜索を命じて部下をびびらせ、尚隆の笑いを誘った。 朱衡の怒りの捜索にも関わらず六太は午後に入っても見つからず、眉間のしわは更に深まり、部下の恐慌は裾を広げていく。 そんな中で、発見の知らせをようやく聞いた朱衡は、その場所を聞いてこめかみの血管が切れる音を聞いた。 そして、六太発見現場、雁国延王尚隆の執務室へと向かっているのである。 怒りにまかせてずんずん進む朱衡を見かけ、平服する間もなくすれ違う官達は、廊下の壁にすがりつく。 わき目もふらないその姿は、それはそれは恐ろしく、のちのち語りつくされたが、本人はそれどころではない。 あまりの怒りに眩暈がしそうだ。 朱衡が六太を探させていることを尚隆も知っているはずなのに、惟端も知っているはずなのに、成笙も知っているはずなのに、今の今まで連絡が何もなったのである。 尊ぶべき王の執務室への扉を力いっぱい開け放って、一歩を踏み出した朱衡は 「台輔っ」 と今回の騒動の諸悪の根源を呼んだ。 その声は、よく響いた。 確かに大きな声をだしたので、それはそうなのだが、朱衡自身が驚いてしまうほど響いたのだ。 慌てて口を押さえて立ち止まった朱衡は冷静に部屋を見回して、どうしてこんなに声が響いたか理由を知った。 なんてことは無い、静かだったのだ。 朱衡に向かって、しー・・・っと口に指を当てているものもいる。 尚隆は無言で真面目に仕事をしているし、補佐している諸官の行動もいやに潜めいている。 惟端の姿を探した朱衡は後ろから肩を叩かれて、驚いて振り向いた。 立っていたのは惟端で、やっぱり口に指を当てて静かにしろを、小声で囁いた。 訳が分からず、いきり立つ朱衡に、指で合図をする。 示した先に、朱衡が今朝から探していた雁国の麒麟の姿があった。 そして六太を見止めた朱衡は、他の所管と同じようにぴたりと気配を鎮めた。 六太は執務室の端に置かれた長椅子の上で、こじんまりと丸くなって眠っていた。 午後の暖かな日差しに守られて、無防備に寝顔を晒している。 まろくて白い頬がほんのりと赤くて、つっつくと楽しそうだ。 そっと近寄って、駄目だ、と朱衡は思った。 見つけたら、みっちりお仕置きだと心に決めていたが、駄目だ。 知らせなかった尚隆も惟端にも文句は言えない。
これは、駄目だ。 絶対に、駄目だ。 これに勝てたら、雁国の諸官は名乗れない。
END |