てのひら

高柳 悠     

 

街の少し手前でたまから降りて、尚隆はたまの頭を軽くなでてから空へ返した。

頭のいい騎獣は、呼べばすぐにやってくる。

たったそれだけの僅かな間に六太はかなり先へ行ってしまって、のんびりしている尚隆を急かすように足踏みを繰り返していた。

苦笑いしながらも歩みを進めると、懐に入れてある小袋がチャリ・・・っと音を立てる。

出てくるときに朱衡がくれた「小遣い」だ。

『適当な時間には帰ってきてくださいね!』

と念を押しながらも、わくわくしている子供のお願いモードには逆らえず、こうして外出を小遣い付きで許してもらった訳だ。

こちらを向いている六太の背後に見える街の明かりはいつもより華やかで、夜の闇を跳ね返す勢いだ。

もう少し近づけは、人々の喧騒も聞こえてくるだろう。

「尚隆っ、早く、早く!」

待ちきれずに戻ってきて尚隆の着物の裾をひっぱる。

まったくやる事が子供じみていて笑ってしまうが、いつもなら顔を真っ赤にして怒るだろうに、今日は街の喧騒の方に気を取られていているようだ。

 

 

 

関弓の夜の街は祭り独特の賑わいを見せていた。

たくさんの出店が軒を連ね、それをひやかして歩くたくさんの人々と芸人達の掛け声と人だかり。

金の髪を隠すために頭巾のような帽子をかぶっている六太は、頭でっかちでひどく危うい。

あっちこっちをふらふらとしながら、時たま

「これ買ってっ!」

と期待に満ちた瞳で訴えるが、勢いよく振り返るので反動でクラクラしている。

渡された小遣いは尚隆の酒代ではなくて、六太のお買い物代なので、ご希望にそって尚隆は代金を支払う。

小袋から出された小銭が出店の親父の手に渡り、ふわふわの砂糖菓子が六太の手に渡される。

六太の瞳は、瞬きもせずに砂糖菓子の虜だ。

他にも揚げ菓子とか水あめとか氷とか・・・・・。

片手には、繊細な竹細工の玩具が握られている。

前方に押し出すようにすると、折り重なって畳まれていたものが筒状になって飛び出していく。

ヒョロロロロロ、という独特の音が嬉しいらしく人ごみの隙間を狙って何度も試している。

今もちょっと見えなくなったと思ったら、尚隆の背後に回って間を作っていたらしく、軽快な音が聞こえてきて、こつんと背中に当たった。

「あ、ごめん」

距離感を間違えてぶつかったらしいが、全然反省している声音ではない。

振り返れば、にへらっと笑った顔が見上げている。

まったく、とため息をついた所で、鐘がなった。

関弓では一刻毎にに鐘がなる。

音源の方を見てから、六太へ視線を戻す。

「帰るぞ」

静かに告げると、嫌だというよに一歩下がった。

平時なら別に帰らなくてもいいが、明日は玄英宮でも祭事がある。

だから朱衡もちゃんと帰ってくるようにと念を押したのだ。

ため息をつくと、もう一歩下がった。

もうちょっといいじゃん、と瞳が訴えている。

抱え上げて強引に連れ帰ることも出来るが、尚隆には奥の手があった。

手を差し出す。

てのひらをまっすぐに六太に向けて。

「ほら」

六太はびくりと体を震わせてから、てのひらと尚隆の顔を交互にみた。

手を伸ばして即してやると、おずおずと近寄ってきて自分の小さな手を差し出した。

しっかり握ってやると、六太の手もぎゅっとしがみついてくる。

そのまま街の外へ歩いていく。

六太がたまに、伺うようにこっそりと見上げてくるが、それには気が付かないフリをしてやった。

どんな過去があるかは知らないが、不安で不安で仕方がないらしい。

こんな時内心いつも尚隆は怒っている。

どこの馬鹿がこんなに不安にさせたんだ!と。

 

 

 

降り立った場所まで戻ってくると、鋭く口笛をならす。

とらは音もなく舞い戻って、尚隆と六太を乗せて玄英宮へと駆け上がる。

玄英宮に戻っても、手は離さない。

きっと手を離したら泣いてしまうから。

ずっと離しはしない、という気持ちを伝える為に、てのひらを通わせている。

 

 

END