貴方との絆

  高柳 悠     

「何をそんなにむくれている」

忙しなく準備を整えながら、尚隆は佇む六太に話し掛ける。

「むくれてなんか、ない」

つんっとそっぽを向いてしまう六太の、その態度のどこがむくれていないのだろうか?

そんな主従の会話を他所に、官達は忙しく立ち働いている。指示を与えながら自分も支度を整えていく尚隆を、ただ六太はそばで見ているだけだ。

 

尚隆は、これから蓬莱に泰国の麒麟を迎えに行く。

 

長い間行方不明だった隣国の小さな麒麟は、蓬莱で発見された。角を無くした彼は自力では戻ってくることが出来ない。

もっともっとずっと昔、やはり蓬莱で発見された泰麒は廉麟の力を借りて仙子によって連れ戻されたけど、仙子が混乱していて泰麒も霊力のみなもとの角を無くしている状態では普通のやり方では連れ戻せない。

王が「渡る」とこはこちらにもあちらにも被害が大きいが、仕方が無い。泰国の荒れようは思い出しただけで、心が凍える。

こちらの被害をなるべく抑えるために、あちこちの要所に祭壇を設けて大気を鎮め大地をなだめる。

長い時間をかけて、ようやく泰麒を迎える準備が整ったのだ。

 

「だったら、その膨れっ面はやめたらどうだ?」

「・・・・・・もともと、この顔だっ」

六太は視線をあわせないのに、尚隆の側から離れない。

「六太」

あきれたように息を吐き出して、尚隆が六太をみやる。

このまま蓬莱に向かうのも躊躇われて尚隆は六太の話を聞くために、向かい合う。

「言いたいことがあるなら、今の内に言え。帰ってからでは当分会えない」

蓬莱で長く暮らした泰麒は、麒麟としてではなく人として生きている。その分血の気に多く当たっているだろうし、報告では仙子と傲濫は泰麒を守るために殺戮を繰り返した。

泰麒は、たくさんの血の気配を連れて戻ってくるのだ。

連れ帰る尚隆も、その気配を纏ってしまっても仕方が無い。

蓬莱に渡るための結界が張られたこの部屋も、六太の部屋から一番離れたところにある。

「泰麒のことなら、必ず無事に連れ帰る。その後の泰国のことも責任持って対処すると言っているだろう。何がそんなに不満だ?」

「・・・・不満なんかない」

「では、何なんだ」

膝を折って、六太と目線を近くする。

何時までたっても子供のように大きな瞳が、今にも泣き出しそうに濡れているのを見つけて尚隆は驚いた。

「朱衡、しばらく全員外させてくれ」

立ち上がって、六太を隠すようにすると準備に追われていた朱衡に命じる。

時間に追われている忙しい時に何事かと眉根をそびやかしたが、六太の様子を察して長年仕えてきた官達はすばやく部屋の外へ出て行った。

「どうした?」

再び目線を合わせるために、膝を折る。まろい頬に手を添えると、小さな手がぎゅっと、その手を掴んで離さない。

「何度も言ったが、お前を連れて行くことは出来ないからな」

泰麒が見つかったという知らせが届いた時、六太は迎えに行くといってきかなかった。

胎果の時に流された時に見つけたのが自分だった所為か、チビチビと言って構ってたのを知っているので迎えに行きたい気持ちは察するが、泰麒の場合すでにそのレベルの問題でなかった。

向こうで大量の血が流れていることを伝え、何とか説得したが納得しているとは思えない。

麒麟は慈悲の生き物で、しかも同胞だ。

「六太」

答えない六太に、強く言い渡す。これは六太の健康にも関係する問題だ。勅命をも辞さないことだろう。

尚隆の強い声に、六太は嫌がるように首を振る。

沙汰があるまで自室で謹慎、と言い渡そうかと思ったとき、六太がやっと言葉を発した。

「ちがう・・・・・」

言葉とともに、涙が零れ落ちて、尚隆と六太の手をも濡らしていく。

「・・・・・・ちがうんだ」

「何が、違うんだ?」

さっきまでうつむき加減だった瞳が、真っ直ぐに尚隆を捉えてくる。

「血が流れたとか・・・・・チビのせいで人が死んだとか・・・・・そんなのどうでもいいんだ。・・・・・いや、よくないけど・・・・・・・でもっ」

六太はしゃくりあげながら言葉をつづったが、耐え切れなくなったように尚隆にしがみついた。

太い首に腕を回して、しっかりとしがみついて、尚隆の両腕が自分を包み込んでくれたのを感じて大きく息をつく。

それでも、涙は止まらない。

「・・・・・驍宗が、いないんだ」

六太はしぼりだすようにそう言うと、それがさも恐ろしいというように身を震わせた。

「王が、いないんだよっ」

麒麟なのに、王がいない。

これがどんなに恐ろしいことなのかは、きっと麒麟にしか分からない。

麒麟にとって、絶対の存在は、王。

「俺・・・・俺、嫌な奴なんだ・・・・。俺じゃなくて・・・よかったとか、思った。行方がしれないのが、尚隆じゃなくて・・・・・・・そんな悲しい思いをするのが俺じゃなくて良かったって・・・・・・・・。俺、チビに、泰麒にどんな顔して会えばいい?」

尚隆の肩口に顔をうずめて、六太は泣きじゃくる。硬く強張った体をなだめるように尚隆の大きな手が背を撫でた。

「一緒に、驍宗を見つけてやるんだろ?」

「・・・・・・・・うん」

「驍宗を見つけたら、泰国が立ち直る手助けをするんだろ?」

「・・・・うん」

「時間がかかったとしても、そうするんだろ?」

「うん」

涙に濡れた顔を上げさせて、頬にへばりついた金の髪をかきあげてやる。涙をすって重たく光る睫毛を拭ってやると、くすぐったそうに首をすくめた。

「行ってくるから、待っていろ」

立ち上がると、かなり下のほうになる六太の顔を見下ろす。

「俺は、お前の元に必ず帰ってくるから、待っていろ」

約束は、触れるだけのキス。

六太はしっかりと、頷いた。

 

END