70000番キリ番ゲッター 真城梓 様リクエスト 十二国記 尚隆×六太 |
高柳 悠
六太は人が歩かない場所をよく歩く。 橋を渡るときは欄干を。 廊下を歩く時は手すりを。 階段を歩く時は、端の隙間を。 危ないからよせ、と口をすっぱくして進言しても、身軽な彼は 「へーきっ」 とにっかりと笑って、一向に改めなかった。 実際、空を駆けることの出来る使令が身を潜めているし、万が一があれば転変してしまえば大事ないのかもしれない。 とりあえず今まで足を滑らせたことはあっても怪我をしたことはないので、このやりとりも恒例化している玄英宮での一風景だった。
この日も長く続く廊下を中庭との境となっている手摺を歩くことによって進んでいる六太は、後ろからついてくる朱衡と惟端に小言のように注意されていた。 小言を右から左へと聞き流していた六太が、足を滑らせたのは一瞬だった。 大丈夫、と言おうをしたのか、くるりと振り返って口を開いた瞬間ぐらりと体が傾く。 普通なら悧角か沃飛が抱え上げて事なきをえる。 だが、放り出された背中の先に鋭く尖った竹の柵があった。 ちょうどその部分の庭木の入れ替えが行われていて、それに伴いちょっとした改修を行っていたらしい。 高さのある柵は手摺と高さを同じくしていたため、六太の体がその上に落ちるまで、ほとんど距離が無かったのだ。
「台輔っ!」
それでも何とか手を伸ばした沃飛が六太の片腕を掴んで切っ先から逃がそうと引っ張った。 地面に叩きつけられることになるはずだった体は、悧角の背に落ちる。 駆け寄った惟端と朱衡に抱えられた六太は強張って上手く息をすることも出来なかった。 「お怪我は?」 朱衡の問いにも震えて答えられない。
・・・・血の臭いが
答えは空気の振動のように伝わってきた。 慌てて六太の身体をさぐると、切れた袖口から血がにじみ出ている。 沃飛が腕を引いたことで串刺しは免れたが、引かれた反動で流れたもう片方の腕に切っ先が引っかかったようだった。 二の腕から肘までざっくりと裂けたそこから流れる血は、止まらない。 血を苦手とする麒麟でなくとも、目をそむけてしまいそうな深手だった。 「どうした?」 騒ぎを聞きつけた成笙が声をかけたことで、緊急事態に我に返った二人は、同時に叫んだ。 「主上をっ・・・」 剣幕に押された成笙の横を沃飛がすり抜けていく。 それを確認してから成笙はそばに控えていた部下に命じた。 「黄医と呼べ」 と。
尚隆が六太の部屋に駆け込んだ時、六太は黄医によって治療されている途中だった。 雲海で綺麗に洗われた傷口は微かに血を滲ませていたが、上腕に施された止血のおかげで出血はほぼ止まっているようだった。 薬を塗る前にもう一度海水で洗われる。 痛みがあるだろうに、ぴくりともしない六太に尚隆は近づいてみると、蒼白で瞬きもしない。 触れた頬は冷たく、まるで凍ってしまったかのようだった。 尚隆は牀榻に上がりこむと、六太の身体をすくい上げて、胡坐を組んだ上に上体を乗せる。 治療を邪魔された黄医が眉を潜めるが、怪我をした方の腕を示して治療の続きを催促した。 「六太」 腕の治療は黄医に任せて、尚隆は六太を呼んで頬を撫でる。 心臓の上に手を置いて、その動きを助けるようにトントンと叩いた。 「六太、惟端や朱衡に危ないと言われてただろう」 瞬きをしない瞼を下ろすように撫でると、やっと気がついたように瞳が閉じられた。 「六太」 金色の細い髪をかき上げて、白い額を顕わにする。 尚隆の手から逃れた髪が跳ね返って、額に影を落とした。 「六太」 お仕置き、と呟いて尚隆がペチっと額をはじく。 「・・・・痛い」 それに返った小さな主張は、部屋にいた全員を安堵させた。 怪我を負った瞬間から、今まで一度も声を発しなかった六太が、ようやく見せた反応だったからだ。 腕の治療を終えた黄医が、他に怪我はないか調べ、顔色を窺ってから、一礼をして部屋を辞する。 残ったのは尚隆とその腹心3名だけだ。 牀榻の周りに集まった彼らに心配げに見下ろされ、六太は小さく「ごめんなさい」と謝った。 ほら御覧なさい、と怒り爆発が本来だが、青白い顔で伏せ目勝ちに謝られると強くは言えない。 気をつけないと、と言うくらいしか出来ない。 「何だ、雷が落ちるのかと思ったのに」 尚隆にからかわれても、言い返せない。 「んじゃ、行くか」 尚隆がぐったりしたままの六太を抱え上げると、びっくりしたような表情をした。 「六太より衝撃大きいんじゃないのか、お前ら」 成笙の開けた扉から六太を部屋から連れ出して、尚隆は後ろを右往左往している惟端と朱衡に呆れた顔をした。 「こんな血の臭いがした部屋に六太を置いていけないだろう。俺の部屋に連れて行く」 怪我をした六太を自室に連れて来たのがまず間違いだった、ということに二人は初めて気がついた。 謝罪してから尚隆の部屋を整えるために先に走っていった二人を成笙は思う。 「まず、主上を呼んだのは、間違いではない」
それは何者にも勝る、正しい選択だった。
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